好みのタイプのはなし

人間には色んなタイプがいる。
好みのタイプ、についても様々だ。
高校生くらいの付き合う、付き合わないだののフレッシュな時期から何年も経つと、個人の人間としての性質がより色濃く反映されるようである。

フレッシュ時期には誰もが、外観で相手を選ぶ。
必ず出て来る言葉が、「芸能人でいうと誰がタイプ?」。

この時期にはまず、理想で人を好きになり、現実があまりに乖離しているので破局を迎えるケースが多い。
だが傷は浅い。
まだ理想を追いかけているので、この恋愛は美しい思い出で留めておくことが出来る。

ところが、実のあるパートナーシップを結ぼうとすると、そのチャンスは人生単位で考えてもそう何度も訪れるものではないことに気づく。
段々回数的にも後がなくなってきたな、と感じる頃、外観というある意味あってもなくても差し支えのないものは最初に切り捨てられ、いかに残りの人生を有意義に過ごせるか、という観点から相手を選ぶことになる。

これは持論だが、この段階で人間は自分の人間性にも直面するのだ。
そして、この段階の他人の話を聞くのもおもしろい。
今まで知らなかった、その人の本性を知ることができる。

例えば、自分が主導権を握るためにあえてやや気の弱い相手を選ぶ人。
日本人の、「根回し」の文化が受け入れられないから、海外生活の長かった帰国子女を選ぶ人。
親があまりに手をかけているようで、自分にもそれを求められたら困る、ということで先に相手の親の話を聞く人、など。

ここには、その人が人生で何を一番大切に考えているのか投影されている。
あまりに打算的といえば打算的だが、長い人生を楽しく生きるためには何より大切なことかもしれない。
好みのタイプ、というのは本当に個人的なものなのである。

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