都合のいい相手という罪

わりと遊びなれている、というタイプの人間には、都合のいい相手、というものが少なからずいる。
ちょっと退屈なときに手ごろな相手、ということである。
無論本気には絶対にならない。

軽い恋愛の駆け引きを楽しむだけだ。
それも、自分がその気分を味わって楽しむ、というよりは、相手をその気にさせたという高揚感に酔いしれるのである。

その気になってしまう相手というのは、本気でその人間を好きな場合が往々にしてある。
都合のいい相手にされているとうすうす感じながらも、甘んじて受け入れるのである。
考えてみればこんな残酷なことはない。
本当に自分を好きでいてくれる相手を、そのときに気分で冷やかしているのだ。

だが、女だろうが男だろうが、この手合いは結構いる。
もしかしたら、自分自身無意識にこの手合いになっているかもしれない。
これが恋愛の恐ろしいところだ。

人間としての思いやりよりも、ゲーム感覚の部分が出てしまう。
だから、同性の友達としてはいいのに、異性に対しては最低な輩、というのもそれはもうたくさん存在するのである。

私も、この都合のいい相手になったこともあるし、最低な輩、になったこともある。
けれど、思い返してみるとこの記憶は、自分の人生の大きな汚点になっている。
相手に傷つけられたし、傷つけたこともある。
一人間として考えたときに、最低なことをしていた。

段々落ち着かなくてはいけない年齢になってきたこの頃、自分の行動に責任を持たないといけないと、今更ながらに思っている。
人生を振り返ったときに、謝らなくてはいけない相手を作りたくはない。

«
»